弁護士が脱税!?

1 言うまでもなく、法人税は、事業年度における「益金」から「損金」を差し引いた「所得」に対して課税されるものです。
このロジックは単純ですが、どのような場合に「益金」に算入する必要があるかとか、どのような場合に「損金」に計上するか、という具体的な当てはめについて、判断に迷うケースも多いことは、これまでこのブログで取り上げてきたとおりです。

2 今回は、委任契約を取り上げて、これらの点について、どのように当てはめをするかをご説明いたします。

3 今回も、実例をカスタマイズしてお話をするのですが、今回の実例で主役となるのは、弁護士法人です。
「お前が言うな」という鋭いツッコミを受けそうですが、弁護士(または弁護士法人)が、係争の主役として出てくることは、ままあります。
ツッコミを入れた人にお伝えしますが、当事務所は、平成15年4月の開業以降、ドタバタはありましたが、税務調査は受けたことが一度もありませんので(ただし、令和6年1月末日時点)、付言いたします。

1 A弁護士は、X弁護士法人の代表社員でした。弁護士法人の「代表社員」は、単純に言えば、株式会社の「代表取締役」のような立ち位置にいる弁護士です。
X弁護士法人にはA弁護士以外の弁護士がいませんでした。

2 Bは、X弁護士法人の事務局長だった人で、弁護士ではありません。

3 本当に「お前が言うな」と鋭いツッコミを受けそうですが、このX弁護士法人は、しばしばトラブルを引き起こしていました。
具体的に、①~④の事件について、ご紹介いたします。

事件①について

1 X弁護士法人は、Y社から受任していた業務を完了したことから、平成23年8月に、委任契約書に基づく報酬金として、7,290,000円の請求をしました。

2 この請求金額は、実例の金額をそのまま記載しました。このあまりにも高い金額をみて、弁護士に依頼するのを止めようと思った方もいるかもしれません。
法律事務所や弁護士によって料金体系は異なるとはいえ、7,290,000円という報酬金額は、さすがに高いです。長い期間がかかった大規模かつ複雑な事件であり、しかも勝訴して多額のお金を回収できたという場合でもなければ、この請求額は、法外と言えます(少なくとも、私は、過去20年で、このような金額の弁護士費用を請求したことはありませんし、請求しようと考えたこともありません)。

3 現に、この報酬請求額について、X弁護士法人とY社がトラブルになり、X弁護士法人の所属する弁護士会において、紛議調停手続きが行われました。
弁護士会の紛議調停手続きとは、弁護士(弁護士法人)が、クライアント等とトラブルになった時に、弁護士(弁護士法人)の所属する弁護士会が、紛争のあっせん仲裁をしてくれるものです。
本件において、Y社が、X弁護士法人の請求する報酬額が高額過ぎると主張して、弁護士会に紛議調停の申し立てをしたのです。

4 この紛議調停の結果、平成24年2月に、X弁護士法人の報酬額を3,150,000円とする合意が成立しました。つまり、この合意により、当初の請求額から4,140,000円も削減されたことになりました。
この削減額からみても、X弁護士法人の7,290,000円という当初の請求金額は何だったのだと、疑問に思われます。

5 X弁護士法人は、合意の結果、X弁護士法人の報酬金額は3,150,000円であるとして、この金額を、平成24年12月期において、益金に算入したのです。

6 しかし、税務署長側は、これが誤った処理であるとして、X弁護士法人に対して更正処分をしたのです。
つまり、X弁護士法人は、平成23年8月に、Y社に対して、委任契約に基づき、7,290,000円の報酬金を請求しています。
X弁護士法人としては、この時点でY社に対する7,290,000円の報酬金債権が発生したと判断したわけなので、請求時点の事業年度である平成23年12月期において、請求額7,290,000円を益金に算入する必要があると判断されたのです。

7 確かに、本件において、平成24年2月に、Y社への報酬額を3,150,000円に減額する合意が成立しています。
しかし、いったん事業年度が終了し、その事業年度における益金が確定した以上、その後に発生した事情が事業年度前に遡って影響し、確定した益金が増減することはありません。
本件についていえば、平成23年12月期において、X弁護士法人が請求している以上、Y社に対する7,290,000円の報酬金請求権は確定しています。
したがって、その後の平成24年2月に、この報酬金を3,150,000円にする合意が成立したとしても、それが遡って、平成23年12月期の7,290,000円の報酬請求権に影響するわけではありません。
実際の処理としては、平成23年12月期に7,290,000円の報酬請求権を益金に算入し、その上で、平成24年2月の合意により減額が確定した4,140,000円について、平成24年12月期に損金に算入するということになります。

事件②について

1 X弁護士法人は、Z社から、平成25年8月に、民事訴訟を提起する業務を受任し、着手金を500,000円とする委任契約書を作成しました。
しかし、その後、この委任契約が解除されたので、X弁護士法人は、着手金500,000円を、平成25年12月期に益金に算入していませんでした。
税務署側は、この点も、更正処分の理由としたのです。

2 弁護士報酬の算定方法は、法律事務所や弁護士によってまちまちです。たとえば、タイムチャージ制といって、受任した業務に対応した時間に、弁護士の単価を掛け合わせて、報酬額を算定するという法律事務所や弁護士もいます(簡単に言えば、時給制と表現できると思います)。
もっとも、おそらく弁護士の中で最もポピュラーなのは、「着手金・報酬金」制度であると思います。当事務所でも、原則として、この制度により、弁護士報酬を頂いております。

3 本件においては、途中で解除された委任契約における着手金の算入方法が問題となっています。
そこで、弁護士委任契約における着手金の性質について、ご説明します。
そもそも、着手金は、弁護士の業務のうち、勝ち負けがあるもの(民事訴訟が典型と言えます)について、勝ち負けの結果にかかわらず、受任時に頂戴する弁護士業務の対価であると考えられています。
つまり、ご依頼いただいた事件で負けてしまった場合、報酬金は頂きませんが、着手金についてはそのまま弁護士が頂戴することになります。

4 このように、着手金は、事件で負けても返金されるものではなく、委任契約をした時点で、弁護士が請求できる権利といえます。
したがって、着手金請求権は、委任契約をした時点で、権利として確定しているので、委任契約成立時点での事業年度における益金に算入することになります。

5 本件の場合でいえば、X弁護士法人は、平成25年8月に民事訴訟事件を受任し、着手金を500,000円とする委任契約書を締結した以上、その時点で500,000円の着手金請求権が確定しています。
したがって、X弁護士法人としては、その後に委任契約が解除になったとしても、平成25年12月期に、着手金500,000円を、益金に算入する必要があったのです。

事件③について

1 一時期、消費者金融会社等に対する過払い請求事件が、弁護士の大きな収入源であると話題になって、法律事務所の中にはバンバン広告を出して集客していたところもありました。
X弁護士法人も、過払い金請求事件を含む債務整理事件を積極的に受任する方針の法律事務所でした。
つまり、X弁護士法人は、弁護士はA弁護士しかいませんでしたが、ベテランの事務長であるBが実務を担当し、数多くの債務整理事件を取り扱っていました。

2 X弁護士法人では、一般の事件について使う甲銀行の預金口座とは別に、債務整理事件専用の乙銀行の預金口座を開設し、この銀行口座において、債務整理事件に関する報酬やクライアントからの預り金を保管・管理していました。
なお、現在では、弁護士倫理上、弁護士(弁護士法人)の報酬と、クライアントからの預り金を同じ銀行口座で保管・管理することは禁止されており、クライアント等からの預り金は、それ専用の銀行口座で保管・管理しなければならないことになっています。

3 A弁護士は、この乙銀行の預金口座の管理をBに一任していたのですが、Bはその立場を悪用して、乙銀行の口座の預金を横領してしまいました。

4 このBが横領した金額については、X弁護士法人の損金になりますが、同時に、X弁護士法人は、Bに対して、横領金額について損害賠償請求権を有することになり、その金額が益金に算入されるので、X弁護士法人の「所得」には、変動がありません。

5 この点、従業員の不祥事と会社の税法上のリスクにおいて、不法行為に基づく損害賠償請求権の益金算入時期について述べましたので、詳しくはそちらをご覧ください。
結論としては、不法行為に基づく損害賠償請求権の場合、通常の判断能力を有する一般人を基準にして、不法行為が起こり、加害者と損害額が特定され、実際に損害賠償請求ができるような客観的状況になった時点で、その時点の事業年度の益金に算入するということになっています。

6 本件において、A弁護士は、X弁護士法人の唯一の弁護士であり、事務局長Bの業務を含むすべてのX弁護士法人の業務を管理・監督すべき立場にありました。
特に、X弁護士法人においては、債務整理事件専用に乙銀行の口座を開設していたので、A弁護士は、X弁護士法人の代表社員として、その銀行口座の管理をBに丸投げせず、きちんと自分で適切な確認をしなければなりませんでした。
本件においては、A弁護士が、法律の専門職であり、X弁護士法人の代表社員という立場にありながら、適切な確認をしていなかったことから、Bの横領により損失が発生した時点で、「不法行為が起こり、加害者と損害額が特定され、実際に損害賠償請求ができるような客観的状況になった時点」と評価されました。
そして、国税不服審判所は、Bが横領した金額については、X弁護士法人の損金になる一方で、Bに対する横領金額について損害賠償請求権が、その時点で益金に算入されるので、トータルで見て、X弁護士法人の「所得」には変動が無いと判断したのです。7 なお、この実例において、X弁護士法人は、「Bが横領した乙銀行の口座には、X弁護士法人の報酬以外に、クライアントからの預り金も含まれており、クライアントからの預り金をX弁護士法人の益金に算入するのは不合理である」という主張をしたので、この点について付言します。
   本件において、X弁護士法人の従業員Bが、預かっていたクライアントの預り金

7 なお、この実例において、X弁護士法人は、「Bが横領した乙銀行の口座には、X弁護士法人の報酬以外に、クライアントからの預り金も含まれており、クライアントからの預り金をX弁護士法人の益金に算入するのは不合理である」という主張をしたので、この点について付言します。
本件において、X弁護士法人の従業員Bが、預かっていたクライアントの預り金を横領したわけですから、X弁護士法人としては、使用者責任(民法715条1項)により、クライアントに対して損害賠償義務を負います。
その一方、X弁護士法人は、民法715条3項に基づき、Bに対して、クライアントからの預かり金についても、損害賠償請求できます。
そして、前述のように、X弁護士法人のBに対する損害賠償請求権は、Bの横領による損失発生時の事業年度における益金に算入する必要があります。
したがって、「横領されたお金のうち、クライアントからの預り金をX弁護士法人の益金に算入するのは不合理である」というX弁護士法人の言い分は、否定されたのです。
他人からの預り金の横領であっても、X弁護士法人は、その分も含めて、Bに対して損害賠償請求できるのだから、預り金も益金に算入する必要があるという結論になるのです。

事件④について

1 今回の実例においては、X弁護士法人は、重加算税を課税されています。
本当によくトラブルを起こす弁護士法人だと思いますが、「お前が言うな」という鋭いツッコミが来ることが予想されるので、本題に入ります。

2 前述のように、X弁護士法人は、債務整理事件の専用口座を乙銀行に開設し、債務整理事件に関する自社の収益を管理・保管していました。
そして、X弁護士法人の顧問税理士先生が確定申告書を作成する上で、A弁護士は、この口座があることを隠していたのです。
その結果、顧問の税理士先生は、乙銀行にある債務整理事件専用口座の収益を知らされなかったので、その収益を反映していないX弁護士法人の確定申告書を作成して提出したのです。

3 重加算税は、意図的に申告内容を「仮装」したり、事実を「隠ぺい」したと客観的に判断される場合に課せられるペナルティです(詳しくは、リベートの益金算入時期と重加算税をご覧ください)。
本件において、A弁護士は、X弁護士法人の唯一の弁護士であり、その業務全般を管理していたので、当然、乙銀行に債務整理事件専用の収益を保管している銀行口座があることを知っていました。
A弁護士は、自分が弁護士として債務整理事件の対応をしていたので、この口座にX弁護士法人の債務整理業務による収益が保管されていたことも知っていました。
さらに、X弁護士法人の顧問弁護士先生が、収益を保管している銀行口座が他にないか質問をしたのに対し、A弁護士は、無いと回答して、意図的に隠しました。
税理士先生としても、クライアントから意図的に収益を隠されたら、それを踏まえた確定申告をすることができません。

4 以上のような経緯があったので、A弁護士の言動は、違法な売上除外であり、「隠ぺい」に当たると評価されて、重加算税が課税されたのです。
このような形態の売上除外は、あまりに露骨であり、弁護士の品位を害することになると思いますが、最後まで「お前が言うな」という鋭いツッコミが来そうなので、ここでお話を終わらせていただきます。

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