「通勤手当」の範囲

1 所得税法9条1項5号(以下「本件規定」といいます)では、「給与所得を有する者で通勤するもの(以下「通勤者」といいます)がその通勤に必要な交通機関の利用又は交通用具の使用のために支出する費用に充てるものとして通常の給与に加算して受ける通勤手当(これに類するものを含みます)のうち、一般の通勤者につき通常必要であると認められる部分として政令で定めるもの」(以下「通勤手当」といいます)については、所得税を課税しないと定めています。

2 この点、どの範囲まで通勤手当に含まれて所得税非課税となるのかが争われたケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。
なお、この事例では、会社役員であり、年俸制で給与を受け取っていたという特殊性があります。

1 Xは、A社の常務取締役であり、A社から年俸契約に基づき年俸として給与をもらっていました。

2 Xの自宅は、勤務先であるA社から遠方にありました。
そこで、Xは、自宅とは別にマンションを賃借し(以下「本件マンション」といいます)、単身赴任をしていました。

3 Xは、単身赴任している本件マンションの年額相当額、本件マンションの光熱費の基本料金、及び週末に自宅に帰るための往復交通費の合計額(以下「本件単身赴任費相当額」といいます)について、本件規定より非課税とされる通勤手当に類するものと考え、これをXの給与等から差し引いた額を基に所得金額を算出して、確定申告をしました。

4 これに対し、税務署長は、本件単身赴任費相当額を差し引くことを認めない更正処分をして、バトルとなったのです。

1 前述のように、本件規定では、「給与所得を有する者で通勤するもの(以下「通勤者」といいます)がその通勤に必要な交通機関の利用又は交通用具の使用のために支出する費用に充てるものとして通常の給与に加算して受ける通勤手当(これに類するものを含みます)のうち、一般の通勤者につき通常必要であると認められる部分として政令で定めるもの」について、所得税を課さないとされています。

2 この「通常の給与に加算して受ける通勤手当(これに類するものを含む)」にいう「これに類するもの」とは、交通費の現金の代わりに支給される通勤用定期券等の現物を指すと、国税不服審判所は判断しました。
本件単身赴任費相当額は、「交通費の現金の代わりに支給される通勤用定期券等の現物」とは言えないので、本件規定により、所得税の非課税対象とすることはできません。

3 また、前述のように、本件規定が適用される場合には、「通勤者が、その通勤に必要な交通機関の利用又は交通用具の使用のために支出する費用に充てるものとして通常の給与に加算して受ける通勤手当」である必要があります(通常の給与にプラスして支給されていることが要件になります)。
本件において、XはA社の常務取締役であり、年俸制で給与をもらっていました。
つまり、Xは、A社から年俸のみを受け取っており、その中にすべての手当類が含まれていて、Xの年俸に加算して支給されているものはありませんでした。
したがって、この点からも、本件規定により、本件単身赴任費相当額を所得税の非課税対象とすることは、できないのです。

1 本件において、Xは、本件単身赴任費相当額について、XがA社に勤務し仕事をして収入を得るために必要な経費であるから、所得税法37条1項により、これをXの給与等から差し引いた所得額を基準にするべきと主張しました。

2 この点、その年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、原則、これらの所得の総収入金額に関する売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額とすると定めています。

3 この条文の文言上明らかである通り、必要経費を控除できるのは、不動産所得、事業所得、または雑所得であり、給与所得には適用されません。
給与所得の場合には、給与所得控除(所得税法28条)があり、その制度に基づいて所得額が算出されます。

4 したがって、この点のXの主張は、法律の条文解釈として無理があるということになります。

1 なお、本件において、Xは、本件単身赴任費相当額を給与等から差し引くことはできないにしても、Xの自宅からA社に直接通勤した場合に必要となる交通費相当額(以下「本件通勤費相当額」といいます)については、本件規定により、所得税の非課税対象になると主張しましたので、この点についてもご紹介いたします。

2 前述のように、本件規定が適用される場合には、「通勤者が、その通勤に必要な交通機関の利用又は交通用具の使用のために支出する費用に充てるものとして通常の給与に加算して受ける通勤手当」である必要があります(通常の給与にプラスして支給されていることが要件になります)。

3 本件において、XはA社の常務取締役であり、年俸制で給与をもらっていました。
つまり、Xは、A社から年俸のみを受け取っており、その中にすべての手当類が含まれていて、Xの年俸に加算して支給されているものはありませんでした。
したがって、本件通勤費相当額についても、本件規定の要件を欠くので、所得税の非課税対象とはならないのです。

4 このように、年俸制に基づいて年俸のみを受け取る場合、通勤手当という概念が無いことになるので、年俸額全体が給与所得となり、給与所得控除が受けられるのみとなります。
今後、年俸制度を導入する場合には、この点について注意が必要です。

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