一
1 これまでのブログにおいて、寄附金の損金不算入の原則(法人税法37条)について、ご紹介してきました。
この原則により、法人が、無償で、他人に経済的な利益を提供した場合も、その利益額が寄附金に当たり、法人の損金に算入されません。
このようなケースの典型例が、債権放棄です。
つまり、法人が債務者に対して有する債権を放棄した場合、債務を返済しなくて良いという経済的利益を債務者に提供したことになるので、放棄した債権額は寄附金に当たり、損金に算入されないのが原則です。
2 もっとも、法人が、自分の経営危機を避けるためにやむを得ず債権放棄した場合など、相当な理由があると認められる場合には、債権放棄も寄附金に当たらないという判断を、国税不服審判所は示しています。
また、法人が、その子会社などの解散等に伴い、そのために債権放棄をした場合において、この債権放棄をしなければ、今後より大きな損失を被ることになることが社会通念上明らかであると認められる相当の理由があるときは、債権放棄をしても、寄附金に当たらないとされています(法人税基本通達9-4-1参照)。
なお、この通達にいう「子会社など」とは、法人と資本関係にある者だけでなく、取引関係、人的関係、資金関係の面で、法人の事業と関連する者も含むとされています。
3 今回は、債権放棄が寄附金とならない例外に当たるか、が争われたケースについて、実例をカスタマイズしてお話いたします。
二
1 X社は、石油製品卸業を事業内容とする株式会社です。X社は、特約店であるA社、B社、C社、及びD社(以下「本件各特約店」といいます)に対し、石油製品を販売していました。
2 石油業界においては、価格競争が激化し、その経営は厳しいものとなっていました。特に、本件各特約店は、系列以外の製品を取り扱ってはならないという仕組みとなっていたので、製品のラインナップを広げたり、事業内容を変更したりすることができず、大変厳しい経営を余儀なくされていました。現に、本件各特約店とも、事業年度において相当額の欠損金が発生していました。
3 本件各特約店の経営状況が悪化し、仕入れた製品の代金が支払えない状態になった場合、X社としては、売掛債権が回収できず、損失を被ることになります。そのようなリスクがあるにもかかわらず、X社として、本件各特約店に製品を卸し続け、さらに売掛金債権の額を増やすことは、経営判断として避ける必要があります。
そこで、X社は、これ以上事業を継続しても回復の見込みが立たないことから、本件各特約店に対して、事業を廃止して整理することを提案しました(本件各特約店が事業廃止すれば、X社としても、今後は製品を卸す必要が無くなり、これ以上の売掛債権焦げ付きのリスクを回避できます)。
そして、X社は、本件各特約店が事業廃止・整理するのであれば、その廃業・整理に必要な資金ねん出の支援として、本件各特約店に対するこれまでの売掛債権を、相当部分減額する(売掛債権の相当部分を放棄すること。以下「本件債権放棄」といいます)という条件を提示したのです(具体的な放棄金額は、本件各特約店によって異なりました)。
4 本件各特約店は、いずれも、X社からの提示を受け入れ、X社から本件債権放棄をしてもらって事業を廃止し、整理することにしました。
三
1 X社は、本件各特約店の対応を受け、本件各特約店に対する売掛金の減額処理の損金経理をしました。
2 これに対し、本件債権放棄が、本件各特約店に対する無償の経済的利益の提供であり、寄附金に当たるので、損金算入を否認するという更正処分がなされました。
そして、X社が、本件債権放棄が例外的に寄附金に当たらないと主張して審査請求をし、バトルが始まりました。
四
1 本件において、国税不服審判所は、X社の主張を認めて、更正処分を取り消す裁決をしました。
本件のように、例外的取り扱いを求める納税者側の請求を、国税不服審判所が認め、原則論に従った更正処分を取り消すというケースは珍しいと言えます。
言い換えれば、それだけ、例外規定の適用を求める納税者の主張は認められにくいと言えると思います。
2 判断のポイントは、X社の更なる損失を避けるために、本件各特約店にインセンティブを提供してでも、事業廃止・整理をしてもらう必要があった、という点にあります。
X社は、特約店という関係である以上、本件各特約店が事業を継続する限り、製品を卸す必要があります(その分、ますます売掛債権額が増えることになります)。
もっとも、前述のように、本件各特約店は、系列以外の製品を取り扱えないことや、石油業界において価格競争が激化していることなどにより、毎事業年度ごとに業績が悪化し、欠損金も累積し、X社の売掛債権の焦げ付きリスクも高まっていました。
このような経営状況の本件各特約店に対し、今後も製品を卸してさらに売掛債権額を増やすことは、X社にとって、リスクが極めて高いと言えます。
このような場合、本件各特約店に対し、一定のインセンティブを示して、事業廃止・整理を積極的に誘導することは、X社のリスク回避対応や経営戦略として合理的であると言えます。
なぜならば、本件各特約店が事業廃止・整理をしてくれれば、X社としても、今後継続して製品を本件各特約店に卸す必要が無くなるので、その後に売掛債権額が増大したのに回収できないという、さらに大きな損失を避けることができるからです。
本件各特約店としても、X社から、単に事業廃止・整理をしてくれと言われるだけならば受け入れられないですが、本件債権放棄というインセンティブがあれば、受け入れやすくもなります。その意味で、X社が本件債権放棄を提示することにも、経済的合理性があると言えます。
3 もっとも、本件各特約店によって、経営状況の深刻さのレベルが異なるのに、本件債権放棄の額が一律だった、というのであれば、経済的合理性を欠くということになるでしょう。
しかし、本件において、X社は、本件各特約店の経営状況を個別に調査・査定し、放棄する債権額が必要最小限になるように検討がなされていました(本件各特約店それぞれについて放棄額を検討した資料も証拠提出されました)。
個別に調査・査定して検討されたため、本件債権放棄の額は、本件各特約店によって異なっていました。
この点も、本件債権放棄に経済的合理性があることを示す要素となりました。
4 また、X社が、立場の違いを利用して、本件各特約店に対して圧力をかけ、事業廃止・整理を一方的に押し付けた、というような場合であれば、アンフェアと言えます。しかし、本件において、X社が、資本関係があるなど、本件各特約店の経営に大きな影響を及ぼすような関係にはありませんでした。
そして、X社は、対等な立場で、本件各特約店と個別に折衝を重ね、本件各特約店の自由意思に基づいて合意がなされたという事情もありました(そのような折衝を重ねたことを示す議事録も証拠提出されました)。
5 以上のような点から、本件債権放棄は、X社自身の経営戦略の一方策であり、X社の事業遂行上やむを得ないといえる相当の理由があるから、寄附金に当たらないと判断されたのです。
五
1 税法に限らず、法的ロジックを検討する上では、「必要性」と「相当性」について、説得的に説明できるようにする、という教訓があります。
つまり、当方の法的主張を認めるべき「必要性」があることを説得的に説明することが重要であることは、当然です。
それだけでなく、当方の法的請求を認めても法的な不都合が発生しない(「相当性」がある)ということも、あわせて説得的に説明する必要があります。
2 本件についていえば、まず、X社が更なる売掛債権の焦げ付きリスクを回避するため、本件各特約店に事業廃止・整理を誘導するべく、インセンティブとして本件債権放棄をすべき必要性があった、という「必要性」の主張がなされています。
また、①債権放棄の額も、本件各特約店を個別に調査・査定し、検討された最小限の額であったこと、②X社が、対等の立場で本件各特約店と折衝を重ね、本件各特約店の自由意思に基づいて合意されていること、という「相当性」の主張(本件債権放棄を寄附金に当たらないと判断しても、法的に不都合は無いという主張)もなされています。
これらの点から、X社の主張が大変説得的になり、国税不服審判所に刺さったのだと言えます。
3 このように、「必要性」と「相当性」の双方の点について十分に主張立証されてはじめて、説得的な法律構成の主張立証となります。
この点は、弁護士が、司法試験時代や裁判実務で叩き込まれるノウハウですので、苦手意識を持たれる税理士先生は、是非、弁護士との協同をご検討ください。