一
1 今回は、損金について、お話しいたします。
2 そもそも、「損金」に算入される金額は、その事業年度の販売費、一般管理費その他の費用で、償却費以外の費用の場合には、その事業年度の終了日までに確定しているものをいいます(法人税法22条3項2号)
3 では、どのような場合に、「確定している」と言えるのでしょうか。
この点については、法人税基本通達2−2−12において、「確定債務3要件」という要件が規定されており、その要件を全て満たす場合に、「確定している」と評価されます。
4 具体的に紹介すると、
- 当該費用に係る債務が成立していること
- 当該債務に基づいて具体的な給付(履行)をすべき原因となる事実が発生していること
- その金額を合理的に算定することができるものであること
という3要件です。
二
1 この点で、問題となるのが、前払費用の損金算入の時期です。
2 前払費用とは、一定の契約に基づいて継続的に役務を受けるための対価として支出した費用のうち、その支出した事業年度の終了時点で、まだ対価となる役務の提供を受けていないものをいいます(法人税基本通達2−2−14)。
これについては、まだ対価となる全部の役務が提供されていないので、費用支出時点の事業年度の損金に算入されないのが、原則です。
3 この前払費用の損金算入時点について問題となるケースについて、実例をカスタマイズして、お話しいたします。
三
1 X社では、取締役の報酬について、年俸額が決められていました。
2 取締役の報酬は、株主総会で決定されます。
X社では、取締役の年俸について、事業年度をまたいで支払われていました。例えば、3月末決算とした場合、9月1日から8月31日までの職務について、取締役の年俸が支払われ、年俸額を12で割って、その額を、毎月取締役に支払っていました。
なお、取締役が在任中に辞任したり、解任された場合には、年俸を、在職期間で日割り計算し、在職後分の年俸については支払われないシステムになっていました。
3 X社としては、すでに、前の事業年度の株主総会において、取締役の年俸額が具体的に決まっているので、年俸全額について、前の事業年度の損金に計上しました。
これについて、税務署長側が、この損金計上処理が不適切と判断し、更正処分をしました。
四
1 国税不服審判所は、この更正処分が適法であると判断しました。
つまり、X社の年俸については、前述した「確定債務3要件」を満たしていないので、X社が損金計上した事業年度において、損金計上できないと判断したのです。
2 確かに、本件において、取締役の実際の年俸額が、前事業年度の株主総会において具体的に決定されています。
したがって、X社の取締役に対する年俸支払い債務は、すでに法的に成立しています(①の要件はクリアします)
3 しかし、国税不服審判所は、取締役の報酬について、損金計上した事業年度の翌事業年度末において役務(取締役としての職務)の提供を受けることを、具体的な給付の原因として支出されたものであるから、給付原因発生要件を満たしていないと判断したのです。
そもそも、取締役は、所定の職務を実際に行ったからこそ、会社に対して報酬を請求できます。言ってみれば、所定の職務を実践したことが、報酬請求の前提です。
前述のように、債務確定の②の要件として、「取締役に対する報酬支払い債務の原因事実が発生している」、というものがありました。
翌事業年度において取締役が職務を実践したという事実については、前事業年度では未だ発生していません。
特に、X社では、取締役が在任中に辞任したり、解任されたりした時には、年俸について日割り計算して、辞任・解任後の分は報酬を支払わないという取り決めになっていました。
そうであれば、翌事業年度に入ってから取締役が辞任・解任となった場合、報酬額が変動します。
したがって、翌事業年度に入っても、債務額に不確定な点がある以上、報酬支払債務の原因事実が確定的に発生したとはいえません。
したがって、取締役の報酬については、取締役が、実際に職務を実践した時の事業年度の損金の額に計上するというのが、国税不服審判所の結論となりました。
五
1 なお、この実例では、X社が、法人税基本通達2−2−14の後段(以下「後段規定」といいます)を根拠に、取締役の報酬を、前事業年度の損金に算入できると主張しました。以下、この点について、お話しします。
2 前述のように、前払費用については、その支出時の事業年度の損金に算入できません。
しかし、前払費用の中でも、支出してから1年以内に、対価となる役務を提供された場合、支出した時点の事業年度の損金に算入することを認める、という取り扱いがあります。これが、後段規定の内容です。
X社は、後段規定を根拠に、取締役報酬の損益算入を主張したのです。
3 そもそも、企業会計の考え方の一つに、「重要性の原則」というものがあります。
形式的にいえば、翌事業年度において、経過勘定科目として、区別・独立して経理処理するべきものだとしても、杓子定規に、重要でないものまで別個独立の勘定科目として立てて経理処理するのは、手続き的負担が大きいという場合があります。
後段規定は、この重要性の原則の観点から、前払費用のうち、重要性の乏しいものについては、翌事業年度ではなく、前払した時点の事業年度において損金算入を認めるというものです。
4 後段規定にいう「重要性の乏しいもの」の典型例としては、未経過保険料、未経過利息、前払賃借料などが挙げられます。
いずれも、特段の手続をする必要もなく、時間が経過すれば、自動的・事務的に費用として確実に発生すると言えるからです。
X社は、取締役報酬についても、「重要性の乏しいもの」と言えるので、後段規定により、前払時点の事業年度の損金に算入できると主張したのです。
5 しかし、国税不服審判所は、このX社の主張を否定しました。
以下、その理由について、述べます。
6 そもそも、会社は、営利目的で事業活動を行う団体であり、より多角的に事業展開して、より多くの利益を追求するためには、マンパワーが、重要です。
特に、取締役は、会社の経営の根幹に関わる極めて重要な業務をしています。取締役の業務の成果いかんによって、会社の業績が大きく変動することも、少なくありません。
このように、会社が営利目的で事業活動を行う上で、取締役の業務は極めて重要なので、その対価である取締役の報酬も、「重要性の乏しいもの」と言えず、会計科目として重要である、と国税不服審判所は、判断したのです。
特に、前述のように、取締役が、翌事業年度に入ってから辞任・解任となった場合には、日割り計算により、その後の報酬は支払われません(その分、取締役に対する報酬額が減ります)。
つまり、取締役の報酬は、前述した未経過保険料や未経過利息のように、「特段の手続をする必要もなく、時間が経過すれば、自動的・事務的に費用として確実に発生する」と言えません。
7 したがって、取締役の報酬は、後段規定に基づいて前払時点の事業年度に損金計上することができないと、国税不服審判所は、結論づけました。
六
損金計上の時期を納税者の判断で動かせるとすると、益金が多かった時に多く損金算入することにより、法人税の課税対象である所得を調整(利益調整)できてしまいます。 そこで、損金計上時期も、厳格に規定されているのです。