一
1 収益について、いくらの金額を、どの事業年度において益金に算入するか、という点について取り上げてきましたが、今回は、土地の売買契約について、ピックアップ致します。
売買契約は、一般的に言えば、「売った・買った」の単発的な契約であり、請負契約や委任契約のように、契約関係が継続することが、あまり想定されていないと言えます。
単発で契約行為が終了し、債権債務関係が発生するので、益金算入時期が比較的分かりやすい典型例であると思います。
2 もっとも、土地の売買のように、契約金額が大きい場合、あるいは担保権が設定されていたり、複雑な特約が付いていたりする場合には、特別の配慮や検討が必要となる場合があります。
また、形式的には、「売買契約書」という名前の書面が作成されていたとしても、当事者の認識では、実際に売買するつもりはなく、カムフラージュだったというケースもあります(いわゆる通謀虚偽表示。民法94条2項)。
そこで、「売買契約書という名前の書面が作成されている」という形式面だけにとらわれるのではなく、その契約内容や、当事者の認識、その書面が作成された経緯などを基に、実質的に契約・法律関係を判断することになります。
3 実例をカスタマイズしてお話ししますが、この実例は、納税者側と税務当局側の意見が激しく対立したものでした。
そこで、今回は、前提事実をご説明した後、納税者側の主張を紹介し、そして、その主張を税務当局がどのように論破したのか、という流れでお話いたします。
二
前提事実は、以下の通りです。
1 X社は、砂利採取業を事業とする株式会社ですが、合計132筆の広大な土地(以下「本件土地」といいます)を所有していました。
2 平成6年12月19日付で、X社とY社は、X社がY社に本件土地を、1,148,806,000円で売却するという内容の売買契約書(以下「本件売買契約書」といいます)を作成しました。
3 X社は、本件土地を売却した収益について、申告をしませんでした。
三
1 本来、X社の資産である本件土地を売却して収益を上げた場合、それを申告する必要があります。
しかし、X社は、申告しなかった理由について、以下の通り主張しました。
2 そもそも、X社としては、本件土地が広大なので、分譲地として開発業者に分譲しようと考えました。
もっとも、X社は、前述のように、砂利採取業を事業とする株式会社であり、不動産の分譲をしたことがありませんでした。
X社としては、不動産分譲のノウハウも無いし、不動産の素人であるX社が売り主であると、不動産のプロである買い手(分譲地開発業者等)から舐められて不利益な契約をさせられるのではないかと心配になりました。
3 そこで、X社は、不動産分譲のノウハウがあるY社と、本件土地について、「共同開発・共同分譲」をしようと考えました。
X社は、前述のように、X社が売り主だと舐められるので、形式上本件売買契約書を作成し、本件土地の所有者を、ノウハウのあるY社にしました。
X社、Y社の間では、実際に本件土地をY社に移転する考えはありませんでした。
本来、土地を売却したら、買主が売り主に売却代金を支払いますが、本件において、Y社からは一部の入金しかありませんでした。そして、X社としては、本件土地をY社に売却して代金をもらうとは考えていなかったので、Y社からの入金は、仮受金として処理していました。
4 このように、本件売買契約は、本件土地の所有者(つまり、売り主)をプロであるY社に変更し、本件土地を、分譲地として好条件で売却するための一種のカムフラージュであり、法的意味での売買契約の効力が生じないとX社は主張しました。
そして、X社は、実際に本件土地をY社に売買したわけではなく、所有権移転効力や売買代金債権も発生していないので、本件土地売買の収益は無く、申告する必要はなかった、と主張したのです。
四
しかし、このX社の主張は、以下の通り不合理な点、客観的事実と整合しない点が少なくなかったので、否定されました。以下、具体的にお話いたします。
1 この前提として問題となるのは、土地を売却したことによる収益を、どの事業年度の益金に算入するべきか、という点です。
この点、土地の売買の場合、「売却された土地の引き渡しがあった時点」での事業年度において計上することになっています。
そして、「引き渡しがあった」のか否かの判断は、売買契約の内容、土地所有権移転の時期、土地譲渡代金の決済状況等を総合的に考慮して、判断されます。
2 本件においては、本件土地売買契約以前に、いきさつ・経緯があったのです。
つまり、Y社は、平成5年3月31日に、X社に対し、お金を貸しており、その担保として、X社と譲渡担保契約を締結し(以下「本件譲渡担保契約」といいます)、本件土地に譲渡担保を原因とする所有権移転登記をしました。
もっとも、X社は、他社もお金を借りたり、税金の滞納があったりしており、本件土地について、Y社の譲渡担保権に優先する差押えがなされていました。
3 X社とY社は、平成6年12月5日に、以下の内容の念書を作成していました(以下「本件念書」といいます)。
① 本件土地の売買代金を、1,148,806,000円とすること
② このうち、585,000,000円は、既にY社がX社に支払い済みであること
③ Y社が、本来X社に支払う代金を、本件土地に差押えしているX社の債権者に支払って、その差し押さえを解除してもらうこと
④ ①の金額から、②及び③の金額を差し引いた残金を、X社に支払うこと。
4 そして、X社とY社は、12月19日に、本件売買契約書を作成しました。
Y社は、同じく12月19日に、本件念書に基づいて、X社の債権者に本件土地の売買代金の一部を支払って、優先する差押えの解除をしてもらい、かつ、同じ19日に、X社に対して、残りの土地売買代金を支払いました。
5 本件土地については、平成5年3月31日の譲渡担保を原因とする所有権移転登記手続きが、同年5月20日付で行われていました
6 その後、Y社は、令和8年5月18日付で、本件土地を、12億円で、第三者に転売しました。
五
以上の客観的事実を、本件に当てはめていくと、X社のロジックが整合性を欠き不合理であることが理解できると思います。実際に、当てはめをしてみます。
1 たしかに、X社が、譲渡担保権者であるY社と、「共同開発・共同事業」をすることは、ありうるかもしれません。
しかし、その場合には、X社が他から資金を調達してY社に債務を返済し、Y社の本件土地に対する譲渡担保権を解除してから話を進めないと、整合性が取れません。
2 また、本当に、X社とY社が、「共同開発・共同事業」をするという認識だったのであれば、本件売買契約書、ないしはその他念書などに、「共同開発・共同事業」であることを窺わせる記載があってしかるべきです。
しかし、実際にはそのような記載は認められず、通常の売買契約書だったことから、この点も、「共同開発・共同事業」だったというXの主張を否定する一つの根拠になります
3 本件において、X社は、本件売買契約書を作成する以前に、すでにY社から、585,000,000円を受け取っていました。
X社がY社より、本件土地の売却代金として、これほどのお金を受領している以上、Xとして、本件土地売買契約が実体のないカムフラージュであり、売買契約関係が発生していない、と主張することは、やはり論理的に破綻していると言わざるを得ません。
4 この点、X社は、この585,000,000円について、「仮受金」として処理しているので、X社が、本件土地の売買代金として、585,000,000円を受領したわけではないと主張しました。
しかし、そもそも、「仮受金」とは、使途や金額が不明な場合に使用する勘定科目です。これは、あくまで一時的な処理を行う勘定科目なので、速やかに正しい勘定科目に振り替える必要があります。
本件における585,000,000円という金額は、仮受金として高額過ぎるし、このような金額が使途不明ということも、常識的に考えられないところです。
また、仮受金は、あくまで一時的な勘定科目なので、速やかに正しい勘定科目に振り替えなければなりませんが、X社は仮受金のままにしており、特に対応をしていませんでした。
本来なら早急に他の勘定科目に振替をしなければならないのに、「仮受金」として受け取ったまま、長期間にわたって処理しなかったという場合、もはや「仮受金」と評価することはできなくなります。
したがって、「585,000,000円を仮受金として受け取ったのだから、本件土地の売却代金を受領したことにはならない」というX社の主張には、やはり無理があります。
5 平成6年12月5日にX社とY社間で作成された本件念書は、X社のロジックにとって、致命的な欠陥といえます。
つまり、本件念書には、前述のように、Y社が支払う本件土地の売却代金のうち一部をX社の債権者への弁済に充て、残金をX社に支払うという記載があります。
言うまでもなく、法的に有効な売買契約が成立して初めて、売買代金債権などの法律効果が発生します。その段階になって初めて、売買代金を、実際に誰にいくら支払うかという話ができるのです。
したがって、Y社が本件土地売却代金の一部をXの債権者に支払い、残金をX社に支払うという内容の本件念書を作成することは、本件土地の売買が実体のないカムフラージュであり法的効果を発生させるものではない、というX社と主張とまさに矛盾します。
本件念書の存在は、X社の主張の合理性を大きく損ねるものといえます。
6 そして、本件においては、12月19日に、本件念書で合意された金額で、X社とY社との間で、本件売買契約書が作成され、その日のうちに、本件念書の記載内容とおりに、Y社から、X社の差押え債権者、及びX社への代金支払いも完了しました。
仮に、X社の主張のように、本件土地の売買がカムフラージュだったのであれば、Y社が実際にこのような支払いをするはずはありません。
したがって、Y社が、本件土地代金を支払ったという事実も、X社の主張を否定する重要な根拠です。
7 さらに、本件において、Y社が、平成8年5月18日に、本件土地を12億円で第三者に転売したことも、重要な点です。
仮に、X社の主張通り、X社とY社が、「共同開発・共同事業」をするという計画だったのであれば、Y社としては、X社からの本件土地の購入がカムフラージュであり、有効な売買ではないので、本件土地所有権を取得できず、本件土地を転売できないことを、認識していたはずです。
しかるに、本件では、Y社は、本件土地売買契約から約1年半後に、応分の利益を載せて本件土地を転売しています。
X社の主張は、Y社が本件土地を転売したという客観的事実と整合しないので、やはり不合理である、という判断になるのです。
五
今回のブログでは、実際の主張書面のテイストを入れてみました。
税法に限らずすべての係争の解決手続きにおいては、このようなテイストの書面を書き、相手方の主張の不合理さ、不自然さを追及し、相手方の言い分が信用できないことを示したうえで、自分の考えるロジックの内容を理由とともに述べ、そのロジックを事件の具体的事実に当てはめて評価し、最終的な結論を導くという手法をとります。
このような書面を書くことについては、税理士先生もなじみが無く、面倒くさいと思われるかもしれません。弁護士は、相手方のロジックの弱点を追及して不自然さを露呈させたうえで、自分のロジックを事件の具体的事情に当てはめて、合理的な結論を導く書面を作成するべく、日々努力しているところですので、ぜひ弁護士との協同により、税理士先生の活動の幅を広げていただければ幸いです。
六
1 前述のように、土地の売買の場合、「売却された土地の引き渡しがあった時点」での事業年度において計上することになっています。
そして、本件おいては、平成6年12月19日付で本件売買契約書が作成されていて、これには、本件売買契約成立時に、本件土地の所有権が、売り主から買主に移転すると記載されていました。
また、前述のように、Y社は、12月19日中に、X社の差押え債権者、及びX社に対して、本件土地の代金を支払っていることから、この日が引き渡し日であると判断されました。
つまり、X社としては、売却した本件土地の引き渡しがなされた12月19日時点の事業年度において、本件土地の譲渡収益を計上する必要があったのです。
2 しかし、X社が、本件土地を譲渡したことは無いと言い張り、売却収益を計上しなかったことから、更正処分を受けたのであり、ある意味X社の自業自得ともいえるお話です。
七
なお、今回の実例においては、X社に重加算税が課せられました
1 重加算税とは、意図的に申告内容を「仮装」したり、事実を「隠ぺい」したと客観的に判断される場合に課せられるペナルティです(詳しくは、リベートの益金算入時期と重加算税をご一読ください)。
2 本件において、本件念書の存在は、大変大きな意味を持つと思います。
X社とY社の間で、有効に本件土地の売買が成立することを前提として、その売買代金の支払先まで取り決めていたのに、「本件土地売買はカムフラージュであり、有効に成立していない」というX社の主張は、「噓の説明」をしたと評価されてもやむを得ないと思います。
特に、実際にX社とY社の間で、本件土地売買契約が締結され、本件念書の記載通りの方法で、Y社が売買代金を支払っている以上、言い逃れはできないでしょう(X社として実体のある土地売買であると認識していたことは、明らかです)。
3 前項と関連しますが、X社は、残金とはいえ、本件土地の売却代金を受領しています。
X社の主張を前提とすると、本件土地は売却されていない以上、その代金を受領することは、論理矛盾です。
本件土地代金を受領したという客観的事実があるのに、X社の言い分を主張し続ければ、やはり「嘘の説明をした」と言われても、仕方がないと思われます。
4 また、X社は、本件売買契約前に、Y社から585,000,000円を受け取っています。
Y社からこれほど多額のお金が支払われるということは、本件土地売買代金という趣旨しか考えられません。
X社は、585,000,000円という多額のお金を仮受金で処理していました。
前述のように、これだけ多額の使途不明のお金が出ること自体不自然だし、仮受金という勘定科目にした以上、速やかに正しい勘定科目に振り替えなければならないのに、X社は、この点について、何らの処理もしていませんでした。
この点からも、「仮装」や「隠ぺい」が強く疑われます。
5 以上の点からすれば、本件においてX社に重加算税が課せられても、やむを得ないと考えられます。
八
1 また、今回の実例では、更正処分の期限の延長もなされたので、最後に付言します。
2 この点の詳細については、会社の収益か親睦団体の収益かをご覧ください。
3 本件においては、重加算税も是認されるような、悪質な「仮装」や「隠ぺい」があったと言えます。
したがって、同様の意味である「偽り不正の行為」にも該当すると言えるので、更正処分は、法定申告期限から7年を経過する日まで延長されると考えられます(通常は、5年)。