一
1 業界ごとに、古くから行われている、その業界ならではの取引慣行や取引形態があります。その取引慣行や形態が、税法に照らして、どのような法律行為と評価されるかは、極めて重要な問題です。
なぜならば、どの法律行為に当たるかによって、納税者の収支の計算方法が異なるからです。
2 ここでは、出版業界の「委託取引」という取引形態について、実例をカスタマイズして、お話いたします。
二
1 X社は、出版業を事業とする会社で、書籍を出版しています。
Y社は、書店を経営する会社であり、X社のような出版社が出版した書籍を販売しています。
2 出版業界では、「委託取引」という取引形態があります。X社は、書籍をY社に送付し、Y社は経営する書店で書籍を販売します。
X社がY社に送付した書籍が全部販売できれば、それに越したことはありませんが、現実には売れ残りが発生することもあります。
Y社は、書店で売却できた書籍の代金分はX社に支払いますが、売れ残った分については、X社に書籍そのものを返品して、売れ残った書籍の代金分を支払いません。
このような取引形態を、どのような法律行為と評価するのかが、問題となります。
3 この点、結論から言うと、出版社であるX社から見れば、買戻し付き条件付きの売買契約行為と評価されます。
その反面として、書店経営のY社からみれば、返品特約付きの売買契約行為と評価されます。
4 このように評価されるロジックについて、ご説明します。
出版会社であるX社としては、自社で製作した書籍を、書店経営であるY社に卸してしているわけですが、これは、自社で製作したX社の棚卸資産を、Y社に売却し、Y社は、X社から、書籍という資産を購入していると考えるのが、一番実態に即しています。
そして、X社としては、いったんY社に対し、棚卸資産である書籍を販売しましたが、Y社の書店において売れ残った場合には、Y社から買い戻すという特約を付けていたものと考えられるのです。
つまり、X社としては、いったんY社に書籍を全部販売し、引き渡しをした時点で、販売額全部について売り上げが発生します。そして、Y社の書店で売れ残り返品となった場合には、X社がY社から残った書籍を買い取り、その買い取り代金が、既に発生している売上代金から差し引かれることになるのです。
書店経営のY社からみれば、X社から書籍を購入し引き渡しを受けた段階で、すべての書籍を購入したことになりますが、売れ残った書籍はX社に返品できるという特約があるので、それに基づいて返品し、返品した分の代金を差し引いてもらえるという解釈になるのです。
5 このように、出版会社であるX社が出版物を、書店経営のY社に卸す行為は、売れ残ったらX社が買い戻すという特約のついた書籍の売買契約となります。
したがって、X社としては、Y社に書籍を販売し、引き渡しをした時点での事業年度において、その販売額を売り上げとして計上する必要があります。
この実例において、X社は、Y社からの代金入金時点で収益として計上していたのですが、その計上時期が誤りであると指摘されたのでした。
三
1 なお、この実例においては、推計課税についても争われましたので、この点についても説明させていただきます。
2 推計課税とは、明細やデータなどの資料によらず、特定の割合を使用して課税する制度です。文字通り、税額を推計して計算し、課税する方法を指します。
意図的に証拠隠滅をする場合だけでなく、過失で資料を紛失したという場合もあり得ます。このような場合に、使われる方法です。
3 法人税法131条により、青色申告者については、推計課税がなされないのが原則です。青色申告者については、会計帳簿が適式に作成され、保存されていることが前提だからです。
この実例において、青色申告者であるX社は、税務署長側が、X社の帳簿に基づかず、Y社への売掛金残高を算定したのが、違法な推計課税であると主張しました。
4 ここで問題となるのが、「帳簿代用書類」(法人税法施行規則59条3項)です。
青色申告者は、会計基準に基づいて帳簿の作成義務がありますが、帳簿そのものでなくとも、「帳簿代用書類」があれば良いことになっております。
そして、「帳簿代用書類」と言えるためには、①取引の年月日、②売上先、③品名その他給付の内容、④数量、⑤単価及び金額、⑥日々の売上総額が記載されている必要があります。
5 この実例で、X社は、自社で帳簿そのものを作成していませんでした。
X社は、Y社から送付される計算書類(Y社がX社から書籍を仕入れて、X社に代金を支払ったり、書籍を返品したりした内容が記載されたもの)を、「帳簿代用書類」と認識しており、あえて自社で別に帳簿を作成していませんでした。
そして、このY社から送付されていた計算書類には、上記の②しか記載されておらず、それ以外の項目の記載がありませんでした。
したがって、Xが保有していたY社からの計算書類は、法人税法施行規則59条3項にいう「帳簿代用書類」には該当しなかったのです。
6 この実例において、税務署側は、Y社に対して反面調査を実施しました。
つまり、Y社は、適式に帳簿を作成・保存しており、その内容は正確でした。つまり、Y社の帳簿に記載されているX社からの買掛金残高は、正確ということになります。
Y社のX社からの買掛金残高は、X社のY社に対する売掛金残高と同じ意味ですから、前者が帳簿に基づいた正確な金額ということは、後者も、帳簿に基づいた正確な金額ということになります。
そこで、税務署長側は、Y社の帳簿の記載に基づいて、X社のY社に対する売掛金残高を算定し、それに基づいて課税をしたのです。
つまり、X社に対する更正処分は、Y社の帳簿に基づいて算出した結果によるものであるから、推計課税ではないという結論になったのです。
7 なお、今回の実例からは離れますが、以下の点について、付言いたします。
前述のように、青色申告者は、原則として、推計課税の対象にはなりません。
しかし、青色申告で必要とされている書類が紛失している場合や、青色申告が認められるために必要な帳簿、データなどに不備がある場合には、青色申告を取り消して推計課税が適用される場合があります。
税務調査の結果、3年以上も遡って修正を求められるケースもあります。その間の青色申告が取り消されてしまうと、青色申告控除が使えなくなるだけでなく、推計課税によって増えた税額に延滞税などの追徴課税がなされ、想定外の不利益が発生するリスクがあります。
この意味で、会計関連書類の適式な作成・保存は、自社の不測の損失を防ぐ上で、重要な点と言えるのです。